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Posted by No Name Ninja - 2013.03.04,Mon
老いた男は息子を思う。





 老人は一人、暖炉に灯る赤い火を見つめていた。
 静かな夜だ。そして、冷え冷えとした夜だ。こんな夜は、随分昔に絶った火酒が恋しくなる。
 ドミトリーは、膝にかけた毛皮を、すこし引き上げた。


 全ての発端は、新皇帝の即位にあった。
 平民にとっては賢帝であり、貴族にとっては愚帝であった前皇帝のあまりにも突然の死。
 そして若き長男が、転がり落ちてきた神聖なる支配者の冠を被った。

 前帝の死の原因について、語るものはいない。
 語る必要などなかった。この国全ての特権階級にある者は、お家芸である『病死』に、たいした関心は示さなかったし、示したところで自分の寿命が縮まるに過ぎなかった。

 若き皇帝は、暴君であった。同時に猜疑的であり、強大たらんとした。
 即位した彼がまもなく行ったのは、自らの邪魔となる、いや、なるかもしれない人々の人生の幕を強制的に降ろす作業だった。

 無茶な南下行軍の命令を諌めたことにより、有力諸候筆頭であったガガーリン公が改易となった事件を手始めに皇帝による粛清の嵐が、国中で吹き荒れた。
 当初はなんとかしてやり過ごそうと息を潜めていた貴族達だったが、嵐が宰相ヴォローディン公を変死という形で飲み込み、徐々に隠し切れない血生臭い香を漂わせるにつれ、彼らは悟らざるを得なかった。かの皇帝の目的は神聖なる皇帝自身による新たな秩序構築であり、その構想に大貴族は記されていない――むしろ、神聖なる支配者の特権を害するものであるとみなされていることを。

 皮肉にも皇帝は平民から人気を得た。後日徴兵により、また父帝時代以上の重税により苦しめられることなど知らない平民は、若き皇帝を歓迎した。
 彼らにとって、貴族は自分たちを押さえつけ、搾取する敵だった。そして、貴族の処刑は、彼らにとってこの上ない娯楽であったのだ。

 今現在、西の大家であるカリニンスキー家は、辛うじて難を逃れていた。だがそれも長くは続かないことを、少なくとも当主ドミトリーは悟っていた。カリニンスキー家領土の潤沢なる資源を、あの皇帝が見逃す訳はない。
 
 先日、長男と婚姻を結ぶはずだったレーヴェデェフ家は、一族郎党皆が処刑された。
 実直にして高貴なかの家の当主は、皇帝の暴挙を許す事ができず、申し渡された命令を断固として断り、反逆に問われて斬首された。
 人はそれを、愚直と笑うだろうか。否。彼の答えなど問題ではない。なんと答えようが、命運は決まっていた。
 だからあの当主は、最期に矜持を選んだ。長年彼と酒を酌み交わしたドミトリーは、それを知っていた。
 次は我が家の番だろう。その話を聞いたとき、素直にドミトリーはそう思った。
 その予想は正しかった。レーヴェデフ家の処刑が行われた後直ぐに、ドミトリーは皇帝の南方祝勝式に出席することを命ぜられた。
 ドミトリーは、返事を出さなかった。自らと息子の病を理由にした欠席の書簡はしたためたが、どんな行動をとっても自分たちが嵐に飲み込まれることはかわらないだろう。ならば、皇帝の下におめおめと乗り込むことも無い。時間を稼ぐまでだった。

 彼にとっての唯一の気がかり。それは、喪に伏して部屋に閉じこもる、跡取り息子のことだ。
 哀れなアレクサンドル。婚約者であったレーヴェデェフの娘、エカチェリーナの死は、彼を完膚なきまでに打ちのめした。
 親同士が定めた結婚にもかかわらず、二人は実に仲睦まじかった。
 婚儀は来月に迫っていた。
 彼の母によく似た柔和な笑顔を浮かべていたはずの息子は、あれからなんの表情も、顔に浮かべることが無い。

 家は手遅れであるのならば。息子だけは、息子の命だけは救ってやりたい。
 それが、全てを失おうとしている老人のただ一つの願いであった。

 不意に感じた寒気に、ドミトリーは震える。気づけば、暖炉の火が弱まっていた。
 今年も冬がやってきた。すべてを白く覆う冬が。
 自分が次の春を見ることが叶わないであろうことは、ときおり込み上げる咳に混じるものをみればわかることだった。
 時間がなかった。自分が死ねば、息子が皇帝の暴虐の矢面にたつことになるのだ。それまでに、手を打たなければいけない。最期に自分ができることはなにか、はやく見つけなければいけない。

 ドミトリーは侍従長を呼ぶことにした。
 薪を足すことを命じる為、そして、息子を救う手段を話し合う為に。
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