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Posted by No Name Ninja - 2013.03.04,Mon
少年はその日、少女に出会う。





「若様」
 その声に、少年は机の上の書物からゆっくりと視線をあげた。
 年の頃は十を少し越えたくらいだろうか。細かな刺繍の施された上等な布地を身につけた姿が、彼に向けられた呼称と一致した立場を如実に語る。
まだあどけなさの残る顔立ちが、何事かと声の主に目を向けた。
 扉の陰に立っていたのは年老いた乳母だった。母を早くに亡くした少年にとって、彼女は召使でありながらも、家族の代わりといえる女でもある。故に、彼女には少年の読書を中断することが許されていた。
 本に栞を挟み込みながら、彼は老婆にそっと微笑む。青みがかった碧の瞳が長い睫毛の陰で揺れ、それをみた乳母は主の息子に深く一礼した。
 アレクサンドル・ドミトリヴィチ・カリニンスキー。
 それがこの少年の名であり、この地域一帯を治めるカリニンスキー家の跡取り息子の名であった。
「婆や。何か用か?」
「旦那様がお呼びです、アレクサンドル様」
「すぐに向かおう」
 歳に似合わぬ応対をしながら、アレクサンドルは立ち上がった。
少し長い金髪が細い首を隠すように揺れる。まだ成長過程にある少年の体は背の割にはか細く、当人はそれを気にしていたが、一向に改善の兆しを見せないでいた。
「父上は自室にいらっしゃるのか」
「応接間にてお待ちでございます」
 応接間ということは、来客があるのだろう。乳母はアレクサンドルが命じる前に、彼に上着を手渡すのだった。


 アレクサンドルが応接間に入ると、そこには彼の父だけではなく、彼と語らう来客の姿があった。濃い金髪を綺麗に調えた美丈夫のことは、アレクサンドルも良く知っている。父の旧知の友人であるレーヴェデェフ侯である。
 控えていた侍従長が脇よりアレクサンドルの到着を告げると、二人が少年に目を向ける。彼は年長者二人に、優美な動作で一礼した。
「父上、レーヴェデフ候、ご機嫌麗しゅうございます」
「おお、久しいなサーシャ!」
 レーヴェデフが笑いながら彼の愛称を口にし、立ち上がった。座したままの父に手招きされ、アレクサンドルは長椅子に歩み寄る。その時彼は初めて、この場にもう一人の人物がいることに気がついた。
「さっそくだがサーシャ、娘を紹介しよう」
 レヴェーデェフ侯がその大柄な身体を一歩ずらすと、陰から見知らぬ少女が現れた。
 年はアレクサンドルとほとんど同じか、少し年若いか。真っ白な肌に薔薇色の頬、エメラルドが埋め込まれたような大きな翠の目をしている。長く白いドレスの裾を小さくつまみ礼をする、その軽やかな動作に合わせ、金色の鎖のように編みこまれた長い髪が揺れた。
 控えめに言ってもひどく美しい少女だと、アレクサンドルは思った。
「はじめましてアレクサンドル様、エカチェリーナと申します」
 小さな声は、動作に似合って軽やかな響きで音を紡ぐ。対するアレクサンドルは一拍を置いて、彼女の手を取り軽く挨拶の接吻を送った。それが普段より幾分ぎこちなかったことに気付ける人間は、その場にはいなかった。
「はじめましてエカチェリーナ。どうか私のことはサーシャと呼んでくれ」
 緊張していたらしい彼女は、少年が愛称を告げたことにほっとしたらしい。にこりと破顔した。
「じゃあ私のことも、どうぞカーチャと呼んでください」
「よろしく、カーチャ」
 カーチャ。ありふれた名前だ。だがその名前が、今は少年の舌の上を転げて、喉の奥、奥の奥へとに吸い込まれていった。
 少年達の挨拶が終わり、彼らも席についた。長椅子に座す父が、何故か満足げな顔をしている。アレクサンドルが不思議そうに彼に視線を向けると、カリニンスキーは口を開いた。
「サーシャや」
「はい、父上」
「そのカーチャが、お前の婚約者だ」
 普段は回転の早い少年の頭も今日ばかりは一瞬の遅れを見せた。
 自分に婚約者がいることを少年は知っていた。前々から父や乳母に聞かされていたからだ。だが所詮子供の頭に結婚のことがよく分かる訳もなく、言い渡された将来と目の前の少女とが重なるまでに、アレクサンドルは数回のまばたきを必要とした。
 レーヴェデフはこの反応を、少年が自らの婚約を知らなかったためのものと思ったらしく、少年の父、現カリニンスキー家当主ドミトリー・ペトローヴィチに苦笑してみせた。
「ドミトリーよ、何も話していなかったのか?」
「そんなことはないぞ」
「はい、レーヴェデフ候、父よりお話は伺っております」
 アレクサンドルは少し慌てて、理解の遅れを二人に詫びた。横に座るエカチェリーナは、にこにこと笑っているだけだ。
「ただ、こんな早く会うことになるとは思っておりませんでしたので」
 それもそうか、と大人達は笑う。少し面白がっていることに、少年が気付くことはなかった。
「まあせっかくだ、お前は未来の花嫁のお相手を務めておれ」
「そうだな。よければ、庭でも案内してやってはくれないか」
「おお、それが良い」
 アレクサンドルは、長い睫毛を何度かしばたかせた。生まれてこの方、年の近い女性と関わった経験が少ないのだ。
 ちらりと横の席に座る少女を見る。目を向けた先の美貌は、やはりただにこにこと笑っている。
「……畏まりました」
 内心困りながらも、少年は少女に手を差し延べ、少女の小さな手がそれに触れた。
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